日常の中の気づき

お疲れ様でした 鹿島アントラーズ 小笠原満男が貢献したこと

2019年1月、私の住む町のショッピングセンターに入ろうとしたら、こんなポスターを見つけました。

2018年12月に引退会見をした、Jリーグ鹿島アントラーズ・小笠原満男選手への感謝を表したポスターです。

リーグ優勝したり、ワールドカップに出場する時に、このような応援ポスターを貼ることはあっても、引退の時に貼ることは、あまり無いのではないでしょうか。

確かに、市内にある高校に在籍していた時に、全国大会へ導いたこともあるでしょうし、その後の活躍もあるでしょう。

しかし、やはり小笠原選手のこの町への貢献度が、このような形で表されたのではないかと思います。

サッカーへの貢献度

サッカーへの貢献度を見てみます。

高校卒業後、1年間のイタリア時代を除き、鹿島アントラーズ一筋のサッカー人生でした。

その間、鹿島のリーグ優勝7回、天皇杯4回、カップ杯5回の優勝に貢献してきました。

また、日本代表にも選ばれ、2002年・2006年とワールドカップの出場も果たしました。

このように、サッカーへの貢献度は、誰もが認めるところです。

東日本大震災への貢献度

小笠原選手の特筆すべき点は、東日本大震災被災地支援の貢献度です。

2011年3月、東日本大震災発生直後、ガソリンがなかなか手に入らない中、物資を持って被災地入りしました。

その後、状況が落ち着くと、被災地の子供たちへのサッカースクールを開催しました。

また、当時、学校のグランドが仮設住宅に使用されていたため、子供たちが体を動かせるようにと、高校時代の仲間とグランドも作りました。

その他、プロのサッカー選手と共にチャリティマッチも開催しました。

また、市内のショッピングセンターで、内田篤人選手と吉田麻也選手と共に握手会を行って、被災地を励ますこともありました。

これらは、小笠原選手の行った活動のほんの一部で、他にも多くの活動を行ってきました。

このように、サッカーへの貢献度も大きいのですが、被災地支援の活動への貢献度もまた大きいのです。

これからも被災地と共に

2019年1月、引退会見をした翌月には岩手に戻り、サッカーイベントを開催していました。

これこそが「小笠原満男」という人間なんだと思います。

東北人らしく寡黙な雰囲気もあります。

そうした中には、自分で決めたことは最後までやり抜くという覚悟も合わせ持っているのでしょう。

引退会見では既に充分恩返ししたにもかかわらず、これからも東北に恩返しするとの発言をしています。

これだからこそ、小笠原選手への感謝ポスターが貼られる訳ですよね。

小笠原満男選手、これまで本当にお疲れ様でした。

東北の人々は、大変勇気を貰ったことに間違いはありません。

是非これからも、自分の決めた道を進んで下さい。

その想いは、必ず花開くことでしょう。