日常の中の気づき

大我の愛・小我の愛の判断は難しい ~寄り道しながら前へ進もう~

大我の愛・小我の愛とは

大我の愛・小我の愛」と言う言葉を聞いた事はありますか。

小我の愛とは個人的な狭い範囲の自己欲求(エゴ)、大我の愛とは見返りを求めない無条件の愛を意味します。

例えば子供がおもちゃが欲しいと泣いているからといって、その度におもちゃを買い与えていてはわがままな性格の子供に育ってしまいます。

その子供にそのおもちゃが本当に必要か考え、必要なら買って、必要ないならその事を何故必要ないかを教えてあげるのが本当の愛になります。

必要ないのに買ってあげるのは、子供が泣き止む為の手段であり、親が子供に嫌われたくないという自己欲求(エゴ)でもあります。

これこそが小我の愛なのです。

これに対し、そのおもちゃがその子にとって本当に必要か考えてあげるのが大我の愛という事になります。

子供の笑顔が見たいケーキ屋さん

しかし、この大我の愛・小我の愛を難しく感じる時もあります。

例えば町のケーキ屋さんです。

ケーキ屋さんは子供に美味しいケーキを提供する事で笑顔にしたいと真剣に取り組んでいます。

実際、子供はケーキを手にすると笑顔になります。

しかし、多くのケーキには砂糖が使用されており、長い目で見れば健康を害する恐れがあります。

そう意味では大我の愛・小我の愛とも言えなくもありません。

しかし、だからとってケーキ屋さんが小我の愛なのとかいうと、そうとも言い切れません。

子供たちを笑顔にしたいという気持ちに嘘は無いですし、ケーキによって家族が幸せを感じる事もあるからです。

学生街の大盛り定食屋さん

学生街の定食屋さんも同じ事が言えます。

大抵、大学の近くには大盛りをお手頃な価格で提供する定食屋さんが存在します。

それはお金の無い学生さんに安い価格でお腹いっぱいに食べてもらいたいと真剣に考えているからです。

実際、お金の無い学生さんにとって、その様な定食屋さんの存在はとても助かります。

しかし、ケーキ屋さんと一緒で長い目で見ると食べ過ぎによって健康を害する恐れがあります。

だからと言って定食屋さんが小我の愛なのかというと、そう判断する事は出来ません。

それは定食屋さんがお金の無い学生の事を真剣に考えているからです。

寄り道しながら前へ進もう

このように「大我の愛・小我の愛」という言葉を知っていても、実際どの様に判断すれば良いか難しいと感じます。

長い目で見ると良くない事でも、その瞬間瞬間は真剣だからです。

そういう意味で、その瞬間瞬間の真剣な愛を頂くことも時には必要なのかと感じます。

私達は神様のような完璧な存在ではありません。なのでたまには寄り道しながら前進して行くのも良いのかなと思います。