スピリチュアル

ピラミッドは王の墓ではなかった

誰もが知っているエジプトのピラミッドを取り上げたいと思います。

私も30年前に、一度だけ行ったことがあります。

現在は1日の入場制限があったり、登頂禁止だったり、いろいろと制限がありますが、その当時は、そのような制限もなく、ゆっくりと見学できました。

ただ、ピラミッドの周辺にいる、ラクダに乗って写真を撮ってもらう観光業者さんに、「No Money」と言われて、撮ってもらったら 料金を請求された思い出もあります。

エジプトの「No Money」を信じてはいけません。もしこれから行く人は、是非、気を付けて下さいね。

ピラミッドはエジプト王の墓ではない

そんなエジプトのピラミッドですが、大抵の人はエジプト王の墓と思っていますよね。

私もそうでした。

しかし、本当は「王の墓」ではなく「意識上昇のための儀式の場」だったのです。

もちろん、これは私の個人的意見ではありません。

私は考古学者でもなく、エジプトに詳しい訳でもありません。そんな私が、こんなブログで主張したら、何十年に渡って、研究している学者さんに失礼ですからね。

このことは、ドランヴァロ・メルキゼデク 著「フラワー・オブ・ライフ第2巻」に書かれています。

この本は、ピラミッドの他、宇宙、地球、何より人類の成り立ちについて書いてあります。幾何学なども出てきて難しい部分もありますが、是非一度読んで貰いたい本です。

この本は、第1巻と第2巻があります。今回の内容は第2巻に書かれていますが、第2巻が欠品の可能性もあります。ご購入の際はお気を付け下さい。ただ 第1巻から読むのがお勧めです。

「儀式の場」である理由① ミイラ化の過程が違う

それでは、なぜ「王の墓」ではなく「イニシエーション儀式の場」なのか理由をみていきます。

1つめは、古代エジプトのミイラ作りの方法と一致しないからです。

エジプト史の初期において、王や女王、医者、法律家など特権階級だった人々のミイラ化の手順はすべて同じで、例外がありませんでした。

まず儀式が執り行われ、内臓を取り出し、4つの壷に分けて納めます。

次にミイラ化の段階に入った遺骸を布で包み、石棺に納め封印します。

その後、4つの壷と石棺を埋蔵される場所へ運ぶのです。

ピラミッドの王の間にある石棺は、王の間の入口より大きく、外から入れることも、中から出すことも出来ないのです。

また、王の間に通じる通路は、王の間の入口よりさらに狭く、石棺よりも狭いのです。

なので、ミイラ化した遺骸を入れた石棺を王の間に運ぶことは不可能なのです。

実際、王の間が初めて開かれた時、石棺の中にミイラはありませんでした。

私も一度、王の間に入ったことがありますが、行く途中、狭く上りがきついため、大変疲れた記憶があります。

「儀式の場」である理由② 通気口がある

2つ目の理由は、王の間にも、女王の間にも、通気口があったからです。

古代エジプトでは、ミイラを保存するため、可能な限り密封する試みがなされており、通気口がある例はありませんでした。

そのため、この通気口は、儀式で部屋を使う人々のために空気の循環を確保していたと思われます。

「儀式の場」である理由③ 石棺の白い粉

3つ目の理由は、石棺の内側の端に落ちていた白い粉です。

最初にこの部屋を調べた人々は、石棺の内側の端に白い粉を発見しました。

丁度、石棺の中に人が横たわった時に、人の頭が来るあたりです。

その粉は大英博物館に保管されていますが、調べると、人が瞑想した時に分泌した液体が渇いたものでした。

ピラミッドは「イニシエーション儀式の場」

以上のことから、ピラミッドが、その当時行われていた意識上昇のための「イニシエーション儀式の場」と考えることが出来ます。

古代エジプトでは、意識上昇のため、他の神殿などでも、イニシエーション儀式が執り行われてきました。

このことからも、ピラミッドはイニシエーション儀式の場の一つだったのではないでしょうか。

少なくとも、ピラミッドが王の墓とは言い難い状況だと思います。

最後に

これまで、ずっとピラミッドは王の墓だと思っていた人はびっくりですよね。

今回の内容は、先程も書いたように ドランヴァロ・メルキゼデク 著「フラワー・オブ・ライフ第2巻」に書かれています。

もちろん、この本の内容を信じる信じないも、みなさん次第です。

けど、王の墓という以外にも、違う角度で、ピラミッドを見てみるのも面白いかも知れませんよ。